世界大戦とクニドス派の台頭
19世紀になると世界中で戦争が勃発(上は第一次世界大戦)したことから、戦地における早急な治療効果を期待されて、2500年も眠っていたクニドス派が再び台頭し、それに連れてヒポクラテス派は衰退してゆきました。検査機器の急速な進歩もあって悪化した部位を簡単に見つけられる技術も発達したことから、クニドス派は悪い部位を排除するネクローシス的な治療で切除して次々と成果をあげてゆきました。
これに対し、体力が回復するための時間を必要とするヒポクラテス医学は戦地には受け入れられませんでした。 戦地で認められたネクローシス医学ですが、現代に活躍するアスリートにとっては、大切な筋肉や
臓器を切り取ることから体力の低下が明らかであり、よって治療とスポーツの両立を目指したいアスリートにとっては、取り組みにくい選択だと言わざるを得ません。
ネクローシスと二次的炎症
一例を挙げると抗癌剤を使う際には、癌化した細胞の壁に化学的損傷を与え壊死させるのですが、この際に漏出した細胞内液・プロテアーゼが周囲に飛び散って健常細胞の遺伝子を傷つけることが心配されます。
そうなると傷ついた細胞が、新たな多数の癌の因子になる(上絵)ことが指摘されています。体内の炎症や癌の因子を増やしながらの猛練習は、いくら馬軍団といえども耐えることが出来ません。