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冬虫夏草通販ショップ»  冬虫夏草002

私が発明した冬虫夏草の全てを公開

中国で4000年の昔から「神秘」といわれ、貴重で希少な冬虫夏草を日本で栽培に成功したのは2003年のこと。そしてこの「容器で栽培する冬虫夏草」は日本政府より特許権を付与されました。
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癌細胞に冬虫夏草水溶液を投与してみた 

冬虫夏草の画像_成分データ
 
上は、癌細胞の活性を調べる顕微鏡写真です。左が肝臓癌細胞の培養100%、右は冬虫夏草水溶液を投与して48時間後の写真です。これから分かるように、僅か1回の投与で2日後には85%もの癌細胞が消滅しています。この結果が直ぐに「癌が治るとか、治らない」ということには関係しませんが、明らかに癌細胞VS冬虫夏草の対決は冬虫夏草に軍配が上がったということが分かります。この冬虫夏草の成分とは何か、どこからこのパワーが沸いているのか等、冬虫夏草の歴史と不思議を、このサイトで解明してみることにしましょう。
 
 
 冬虫夏草の画像_歴史
冬虫夏草とは、昆虫に寄生して栄養分を吸収しながら菌糸を育て、暖かくなると発芽して地上に姿を見せる子嚢菌門ノムシタケ科のキノコです。バッタやアリなど昆虫の異常繁殖をくい止めてきた天賦の備えでもあり、世界中では約400種類が発見されていますが、そのうちの360種が日本でも発見されています。そして、この中でもっとも有名で希少で高価で華やかな冬虫夏草の歴史を彩ってきたのが、チベットで採れる冬虫夏草でした。本サイトでは、4500年という悠久の歴史を振り返りながら、冬虫夏草の素晴らしさとその成分について探ってみたいと思います。
 
 
冬虫夏草の画像_歴史5000年
有史4500年にわたって健康長寿・美容・パフォーマンス向上と、めざましく効能効果を示し続けてきたスーパーキノコに近年、異変が起きています。大気汚染と乱穫が影響して、もとより希少だった天然の冬虫夏草がさらに激減。そして様々な技法による、冬虫夏草の人工生産(栽培)の時代が到来しています。このサイトでは、冬虫夏草の研究28年目を迎え、国内最大の栽培量を提供している栽培者グループの支援をつづける(一般社団法人)日本自然療法協会・川浪代表の監修によって、冬虫夏草の歴史と真相を公開してゆきます。



 
冬虫夏草の画像_始皇帝歴史
 
司馬遷がまとめた始皇帝録(歴史書)・史記118巻・淮南衝山列伝によると、子供の頃から身体が弱かった始皇帝が権力を握るにつれて不老不死を強く願うようになったとあり、斉国の方士・徐福に命じて冬虫夏草が国内で収穫できる施設を作ろうとしていた様子が記されています。徐福は若い男女3000人と財宝を積んで探索の航海に出たのですが、いくら待っても帰ってきません。始皇帝は秦国最東端の天尽頭と呼ばれる岬の突端に、徐福の航海の無事を祈る廟を建てて帰還を首を長くして待ちました。しかし徐福は帰らず、失意の始皇帝は西安の都に引き揚げる途中で49才の短い命を終えたのでした。 
 
 
 冬虫夏草の画像_楊貴妃の歴史
 
それから1000年の歴史が流れ過ぎると、かの有名な唐の時代がおとずれます。当時編纂された「旧唐書」をひも解いて、世界三大美女として有名な楊貴妃について検証してみましょう。第16代皇帝・玄宗の皇太子の嫁となった楊貴妃ですが、一目惚れした玄宗の熱烈なラブコールを受けてお蔵換えをしてしまいました。玄宗から「褒美を取らそう」といわれた楊貴妃は、冬虫夏草とライチ(木の実)とアキョウ(ロバの背脂)という究極の美容食を「毎日食べさせてほしい」と願い上げたのでした。
当時は冬虫夏草を「仙草」と呼びましたが、楊貴妃は最上級ランクの「天草」を所望したともいわれており、収穫には数万の兵士がかり出され、早馬が駆け抜ける西安からチベットまでの専用路まで作らせたと伝わっています。こうした贅沢三昧が災いして、絶大だった唐王朝もやがて財政困難に陥りました。この時とばかり、楊貴妃に恋いこがれていた北方軍総司令官の安禄山が謀反の兵を挙げ、今こそ楊貴妃を手に入れんと想像を絶する速さで都・西安に迫りまったのです。西安の陥落を目前にして逃げのびる途中に36才を迎えた楊貴妃は、近衛兵たちによって捕縛され処刑されました1350年さかのぼる西暦756年6月のことでした。 
冬虫夏草の画像_チャングムの歴史
 
時は中世に飛んで、今を500年ほどさかのぼる朝鮮王朝。韓国正史を伝える「朝鮮王朝実録」という歴史書によると、第11代国王・中宗は医女の徐長今(ソ・ジャングム)を宮廷に入れて家族の医療を取り仕切らせた、と記載されています。
NHKが放映したドラマでは「瘡」という病気に苦しむ朝鮮王を看病するチャングムの設定で、空前のヒットを記録しました。国王の病気だった「瘡」とは、身体中に腫れ物が出来る不治の病。根が内臓にあるとされ、切っても切ってもまた出てくる厄介な病気で、最後には腫瘍が多発して衰弱死するという難病です。第20話ではチャングムが冬虫夏草と赤蟻を浸した酒で朝鮮王の病苦を鎮めようとしました。



 
冬虫夏草の画像_チベットの歴史
 
5000年の歴史にあって宿願だったチベットを中国が占領したのは、1950年のことです。チベットが有史以前から独立主権国家として存在していたことは明白なのですが、歴代の王侯権力者が抱き続けてきた夢、すなわち「不老不死と永遠の美貌」という不滅の欲望を、何としてでも手に入れようとする執念の行動だったのでしょう。これによって永年に亘って権力のシンボルだったチベットの冬虫夏草を、中国政府は独占したのでした。 



 
冬虫夏草の画像_オリンピックの歴史
 
冬虫夏草の歴史は近代へと移ります。チベットの冬虫夏草を手に入れた中国は、国威高揚を目指してオリンピック選手の強化に取り組みました。強化のヒントになったのは、1993年の陸上競技世界大会で金銀銅メダルを総ナメしてセンセーショナルを巻きおこした馬軍団と呼ばれた女子陸上競技チームです。「冬虫夏草とスッポンのスープを飲みながら猛特訓に耐えた」という彼女たちに倣って、強化メニューに冬虫夏草をとり入れたのでした。
 冬虫夏草の効能効果は明らかでした。アトランタで行われた1996年にはわずか16個だった金メダルが、2004年アテネ大会ではロシアを抜き去って32個に、そして2008年北京大会では、アメリカに大差を付ける51個を獲得して念願だった世界スポーツ界の頂点に立ちました。
 中国の金メダル急増は世界のスポーツ界にとっても極めてショッキングなことで、改めて冬虫夏草の効能効果を認識したのですが、余りにも希少なことから北京や大連の薬房では、冬虫夏草を買い求める外国人の輪が重ったほどです。さらに、欧米の華僑が営むチャイニーズ・ショップでも、冬虫夏草の購入を切望するスポーツ関係者による予約が殺到して、取引価格が天井知らずの高騰を続けました。 



 
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