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3.伝える責任


食の持つ偉大な力

中国では皇帝しか食べられなかった冬虫夏草をタダで食べさせてもらうのですから、有り難いことです。恩には礼を以てお返しするのが当然ですから、これからは日本自然療法協会「理事長」と記することにします。
最初に頂いた冬虫夏草は、粉末30gをラミジップ袋に入れた簡素なものでした。冬虫夏草には2ランクがあって、上に生え出るキノコの部分を「ゴールド」、キノコの部分も下の菌糸体も一緒に粉末にしたものは「レギュラー」と区分するそうです。
「ゴールド」は癌患者が結構購入していましたから、私が食べさせてもらったのは「レギュラー」でした。
亜鉛の摂取については食材で摂るつもりでしたが、亜鉛豊富な牡蛎を食べたり赤身の牛肉を毎日のように食べる気にはなりません。理事長に相談したところ「良いのがあるよ」といって、冬虫夏草と酵母をミックスした天然由来のサプリメントを紹介してくれました。
冬虫夏草については当初は「毎日1g程度(小匙1杯)」でしたが、半年くらい経つ頃から体調がみるみる良くなりました。はっきりと自覚できたのが、嚥下障害の改善です。あれほど食事が喉に引っかかったり咽せたりしていたのが、スムーズに喉を通るようになりました。こうなると食欲も出てきて、減少一方だった体重も少しずつ増加の兆しが見えてきました。理事長に報告したところ「マンホンちゃん、一気に改善しようか」というのです。それからというもの、1日に2匙(朝夕1gずつ)の冬虫夏草を食べるようになりました。

食事革命を始めて7ヶ月が経過した平成28年12月、九大病院に検査に出向きました。この日は、私が診察を受けた教授に言われた余命から「残すところあと1年」という区切りの日です。
診察の結果、教授は「悪いところが無くなってるね」と、少し驚いたような表情をされたようでした。そしてこの日より、治療ではなくリハビリを始めることとなったのです。
しかし、筋肉が無くなって骨と皮で硬直した下肢は思うように動かず、涙が出るくらいに痛くてつらい訓練なんです。その時に気づいたのですが、あの突然と手脚が跳ねるハンチントン病も、すっかり影を潜めていたようです。


萎縮症患者・障害者諸君に伝えたい

理事長との交友の中で、いろいろな勉強をする機会を得ました。冬虫夏草を圃場に施す有機栽培、完全無農薬栽培、水耕栽培のこと。理事長は食事革命の一環として化学を追放した農業、すなわち化学肥料や農薬を使わない野菜や果物を栽培するシステムを考えており、それを実践に移そうとしていました。
さらに、こうした特殊農業を私のような身体障害者が出来るようにすることと、これを全国で事業化することの実現に向かってるそうです。
このプロジェクトが成功すれば、食卓から残留農薬などの化学物質を排除することができる。それに加えて、障害者がこれを実践することになれば、障害者にとって自立の道が広がることになる。
これはすごい仕事だ、驚異的な社会貢献だ。それに、この分野なら私としても大いに協力することができるし、前進させることも出来る。
身体に再び、熱い血潮が流れるのを感じました。そして夢が大きく膨らんで、ついに杖なしで、私の2本足で立つことが出来たのです。

いろんな箇所が改善してゆくなかで、喘息だけはなかなか効果が現れませんでした。勿論、日赤病院でも診てもらってますが、改善はありません。ビジネスの話しで熱をこめて語ろうとしたとき、突然と襲ってくる激しい咳き込み。これを抑えるには気管拡張剤しかありませんから、いつも手元に置いてないと安心できません。

平成29年9月の協会訪問の際に、理事長から「マンホンちゃん、今度は喘息の改善にトライしてみようかね」と、声が掛かりました。
願ってもないことです。随分苦しんでいましたから、渡りに船というような話しです。
最初に試してみたのは冬虫夏草をエタノールに漬けてエキス抽出し、それをスプレー容器に入れて、咳が出だしたときに喉や胸に吹き付ける方法です。この抽出液はそもそも、スポーツ選手の足首・膝・肩の関節の痛みにスプレーする目的で開発しているもので、これをアトピー症や喘息でも使ってみようということで、私の場合、喘息が結構激しかったので大助かりです。
その日に小さな瓶に注いでもらって帰り、小さなスプレー容器に詰め替えて、早速、テストを始めました。
咳き込みだしたら、喉や胸(外面)にスプレーするだけです。
使い始めて2~3週間で、咳が減ってきたように思われました。特に感じたのは、夜中の咳き込みです。咳だすと座っていなければならなかったのに、これを吹き付けておくと寝たままでもいつの間にか咳がおさまり眠ってしまいます。
そして4ヶ月が経過した現在、咳はほぼ完璧に出なくなりました。

食事革命を始めて1年10ヶ月が経過した平成29年12月、その日はちょうど余命7年目の最後となる日項です。
本来であれば、植物人間のように意識を失い、病院のベッドに枯れ木のように朽ちた身体を横たえ死を迎えたはずの私ですが、教授の検診によると悪いところは全く見られないということでした。体重は54kgまで回復し、苦しんでいた嚥下障害・言語障害・睡眠障害は「完治」といえるほどです。残すところ、二足歩行が速やかに出来るようにリハビリしてゆけば、健常人と何ら変わるところがないほどです。

思い起こせば、まさしく「ノストラダムスの大予言」に心を痛めた7年間でした。やがて訪れるであろう心筋の萎縮、そして残された年月が減ってゆくことに恐れおののき、仕事も収入も夢も希望も失って自殺を考えていた暗闘の日々。
それが食事革命によって、完璧なる健康と社会貢献の大きな夢を取り戻すことができた。食事の必要性、食の尊さ、食の持つ偉大な力を、まざまざと身体に焼き付けられた私は、この事実を2万人多系統萎縮症患者に、さらには400万人障害者諸君に伝えてゆきたいと思い、このページを公開することにしました。



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