冬虫夏草通販_闘病記
l冬虫夏草通販_冬虫夏草5000年
冬虫夏草_2つの医学

乳がんがリンパ節に転移して

阪南市

  


大阪府阪南市 K.I.(76)


大きくなってきた左胸のシコリ
関西空港を遠目に望む丘の中腹に建てた我が家、都会の雑踏とも離れ、静かでストレスを感じない暮らしを目ざしていた私の目の前に、突然と「がん」というストレスの魔物が現れました。それは、強い西陽が照りつけた縁台に腰をおろした私の汗ばんだ胸元に、冷たく重い湿気を含んだ風が吹き込んできたかのような悪寒を感じました。
最近、異物の存在を感じだした左乳房。そっと触ってみると、飴玉ほどだったシコリが大ききくなっていることに気づきました。乳がんではないだろうかと思いましたが、その凄惨な治療を想像するだけで恐ろしくなり、ただひたすらに「まさか私が、がんになるなんて・・」と心の中で、ひたすら打ち消しておりました。
9月(2019年)に入って胸のシコリを確かめてみると、まるで饅頭のように大きくなって乳房全体を引っ張ったような痛さを感じるようになりました。手遅れになると大変だからということで、我が家のすぐ近くの、りんくう総合医療センターで検査をしてもらうことに。血液検査、造影CTスキャン・骨シンチグラフィ検査を受けましたが、その結果、担当してくださる先生からは次のような診断がありました。 

8月28日血液検査:CEA 25.3
9月18日精密検査:左乳ガンステージⅢ(腫瘍40mm)、腋窩リンパ節転移


先生は「手術で乳房全摘して、抗がん剤治療をしなければならない」と仰るものですから、そのショックから、心の病だというパニック症状が出てしまいました。それはそうでしょう、いくらお婆ちゃんだといっても女は女なんですから、乳房を失うということは想像もできないくらいに辛すぎる選択だし、抗がん剤といえば、頭髪がなくなってガイコツのように目が窪んで枯れ枝のようになって死んでゆく自分を想像して、すごい衝撃を受けたのですよ。激しい拒否反応から錯乱状態に陥り、先生をはじめ病院には大変なご迷惑をおかけしたようです。そしてその翌日から、乳房を失わないために、髪の毛を失わないために、副作用に苦しまないために、そして元気にあと5年生き続けるために、最善の情報を集める努力をしなければならないと心に決めたのでした。


 
病院と食事を厳選すること
以前から風邪を引きやすいなど免疫力には自信がなかった私ですが、還暦を迎えた頃から健康に対してとても興味が沸いてきていました。健康に良いといわれるサプリメントを探し求め、そのメーカーが開催している健康セミナーにも度々顔を出して知識を採り入れていました。そうした影響もあって、化学調味料は使わなくなり、外食は控え、朝食のパンにいたっても小麦粉を厳選して自宅で焼くほどのこだわった生活を続けてきました。がんになるとは、どちらかというと暴飲暴食や外食などで生活習慣が悪くなることが原因だと思っていたものですから、自分の身に降りかかるなんて思ってもいませんでした。迷いに迷ったあげく、食事革命というセミナーでお話しをしたことのある協会の代表様に連絡を入れてみたところ「まずは病院と食事を厳選することから始めましょう」ということでした。病院の厳選とは、すぐに切除しない、抗がん剤に頼らない病院、個人の体調とか病歴とか希望とかを考慮してくれる医師を選ぶことが必要だということ。そして食事の厳選とは、免疫を強化する食材、天然のビタミンCやビタミンEが豊富な食材、ミネラルが豊富な食材を毎日毎食のようにとり続けるというものでした。
病院選びは、ほぼ私の趣旨を採り入れていただける貝塚病院を紹介していただいて、食事については上述の協会(日本自然療法協会)が主宰している「食事革命サイト」を見て勉強しました。
ほとんどの食材はスーパーマーケットで売っているものでしたが、売ってない冬虫夏草というキノコだけは代表さんにお世話してもらって入手することとなりました。そして令和元年9月1日より、私の闘病生活が始まったのです。


 
担当医の先生にお願いしたこと
抗がん剤治療が始まりました。前から夢に見たように、抗がん剤の恐怖が何度も何度も私の心身に去来ていました。髪の毛が抜け落ちて食欲が無くなり、食べても受けつけず、すぐに吐いたり下痢をしてしまう。あっという間に体重も体力も落ちて、結局はベッドから立ち上がれなくなり入院することに。担当の先生に何度も「抗がん剤の量を減らしてほしい」と頼みました。でも、これで腫瘍マーカーが上がり続けるなら「手術によって乳房を全摘しなければならない」と説得され、しかたなく抗がん剤を続けることになる。そして闘病2ヶ月、私にとっては運命の検査日がやってきた。腫瘍マーカーが上がっていれば即手術、下がっていれば手術延期という判断がくだされるのです。

2019年11月06日血液検査:CEA 27.1

上がってる、上がってるんですよ。8月24日の検査値は25.3だったから、あれほど苦しい抗がん剤を頑張ってきたのに。先生からは「病巣を切除しなければリンパ節に転移してるがんがますます悪化する。早く決断しないと手遅れになって大変なことになる」と言いわれました。一方の食事革命の実践は病院に入院している日が多いので、冬虫夏草は食べているものの、料理を改善するまでは至っていませんでした。やや悪化の傾向ですが、抗がん剤の接種が一区切りしたので退院することになりましたが、そろそろ決断する時で、この乳房を切除してしまう日が迫ってきているみたいです。


 
偉大な食事のパワーが見えてきた
決断に向けて寝られない夜が続きました。2ヶ月も抗がん剤に耐えてきたのに、やっぱり駄目なのか。思いあまって、食事革命の先生に電話して状況を話しました。
「私は医師ではないから、病気のことを判断することはできない。ただ一般的に、下痢が止まらないのは腸内細菌善玉菌が不足しているから。したがって、納豆やヨーグルトなど、善玉菌を増やすといわれている発酵食品をたくさん食べるのがいい。冬虫夏草も発酵食品と一緒に食べると効果が期待できる。食事療法で体質が変わるのが最短でも2ヶ月ですから、そろそろ身体に変化が出るはずです。頑張ってみてください」と言われ、先ずはその日の夕方から発酵食品をたくさん摂るようにしようと思いました。そうするとどうでしょう、翌朝から下痢がなくなり吐き気も収まってきたみたいです。これをきっかけとして、全力を挙げて食事革命を推進しようと決断したのです。
病院からは「非常に重大な時期だから」ということで、2ヶ月に1度だった検査が1ヶ月毎になりました。今度もまた腫瘍マーカーが上がっていれば、切除の決断をしなければなりません。何としても数値を下げたいと協会ホームページを何度も読み直してみました。そして40日の間、沖縄からアセロラ100%果汁をとりよせ、2日で1本のペースで飲みました。
運命とも思う検査の日、祈るような思いで検査室に入りました。

2019年12月17日血液検査:CEA 14.4

下がってる。先月に比べるとその数値が一挙に半分になっている。先生は「抗がん剤が効果を上げている」と仰いましたが、それが抗がん剤の影響なのか食事革命の成果なのか私としては判断できませんでしたが、結果として、体調はすこぶる良いし食欲も出てきて体重も戻ってきてました。この体調が長く続いてくれれば、手術をしなくても良いかも。なんとか来月も、少しでも良いから数値を下げたいほしいと願うばかりでした。





 
明るい希望が見えてきた
もういくつ寝るとお正月!
8月にがんが発見されて、早くも4ヶ月がたちます。食事革命を始めてほぼ3ヶ月で腫瘍マーカーは半減しましたが、レントゲン検査ではリンパ節の影が確認されておりますので、まだまだ予断を許さない状態であることは間違いないようです。左乳房の腫れは、少し柔らかくなってきたのかな、という程度でこちらも予断を許しません。でも、すぐに全摘手術をしなければならないという心の重い鎖のようなものは、なんとか取り払えたとうな感じです。
どうか、食事革命に一生懸命励みますから、私の身体をお守りください。
令和2年正月、初日に願いを込めてお参りをして、早速、食事メニューをがらっと変えた「食事革命おせち料理」で新年のスタートを切りました。年末のことですが、担当の先生から「まだまだ予断を許さないから、早い内に検査をしましょう」と言われており、1週間後の7日には検査をする予定です。でも、すこぶる体調は良くて気分も楽しいから、もっと良い検査結果が出るものとの期待が膨らみました。そして1週間後に行われた血液検査の結果ですが、想像を超えた数値に驚きを隠せませんでした。

2020年01月07日 血液検査:CEA 6.9

食事革命を始めて約100日ですが、腫瘍マーカーはもう基準値まであと一歩のところまで下がっていました。胸のシコリもうんと小さくなって、表皮の箇所に見えていたカサブタ状のものも、かなり薄くなっているようです。あと1歩、あと1歩・・・



 
お陰さまで正常値になりました
食事革命は順調に続いています。食欲旺盛ですし排便も良好、したがって体重も健康状態に戻ったせいか、あの重苦しかった日々が夢の中の出来事のように思われます。2月中旬に検査がありますが、こんな体調ですから、悪化するなどまるで考えていません。でも、担当の先生からは「体内に病巣が有る以上は、再発する可能性は極めて高い」と言われており、身体が元気なときに手術して、病巣を取り除くことも選択肢の一つだと考えました。この件について食事革命の先生は「基本的に、抗がん剤で癌細胞が小さくなったのなら手術もやむなし。体質が変わって癌細胞がなくなったのなら手術する必要はない」と仰いました。どうするか迷いました。抗がん剤でがんがなくなっているのか、食事を変えたから体質が変わって、がんが消えたのか戸惑いつつ検査を受けることとなりました。

2020年02月18日血液検査:CEA 3.0

正常値ですよ、CEAは5以内だと正常ですから、もう、私はがん患者ではないのです。シコリも表皮のカサブタ状のものは残ってますが、奥の塊は感じなくなりました。これで再発がなければ、あと10年、元気で生き続けられますよね。

2020年04月28日血液検査:CEA 1.5        CA15-3 10.7

正常値というより、完全な健康体ですって。抗がん剤の後遺症といえば頭髪がかなり抜け落ちた以外は何も感じませんし、今のところリンパ節の転移の影もなく他に転移している兆候も見られないということです。とはいっても、担当の先生からは「再発しないように」と、手術をして病巣を切除することをかなり厳しく勧められました。





 
お世話になっている担当医先生のお言葉
「元気なときに病巣を取り除く方がよい」と手術を勧めてくださる担当医先生のお言葉は、私にとっては、とても有り難く受け止めました。先生は私が食事革命という抜本的な食事療法を詳しくご存じないし、もちろん冬虫夏草というキノコの詳細も分からないのですから、今までの医学的な常識からいえば「抗がん剤で延命できたとしても、必ず再発する」ということなのです。私としても、将来、がんが再発したとすると、またこの先生に診てもらいたいと思うし、正直、悩みました。食事革命の代表さんに電話して私の心の内をお話ししたところ、代表さんは、今はコロナで危険な時期だから「コロナが終息するまで手術を延ばしたい」と言ってみられたらどうですかとアドバイスをしていただきました。

コロナは少し落ち着いてきたようです。でも、第2波、第3波が来ると言われているし、そんな時期に手術して体力を落としてしまうと、例えば院内感染によってコロナに感染したらなどと考えるだけでも恐ろしいことです。担当医の先生には「コロナが終息するまで手術を延ばしたい」と申しましたが、それなら最終となる抗がん剤治療を受けてくださいと仰いました。


 
完全にがんがなくなりました
5月になると、最後の抗がん剤治療を受けなければなりません。担当医の先生からは「再発しないように徹底的に叩いておきましょう」と強く勧められていますが、乳房のシコリは消えて表面のカサブタもなくなっているのです。もうこんなに元気になっているのに、またも訪れる激しい副作用を考えると、正直いってお断りしたいと思っていました。食事革命の代表さんに電話して相談したところ「もう完全に健康体だから、抗がん剤治療を受けても前のようなダメージはないでしょう」といわれ、くれぐれも少ない量にするように勧められました。
お医者さんに「もう良くなっているのだから最小限にしてほしい」と頼んだのですが、やはり事後は耐えられないほど苦しくて過去3度の投与と同じように吐き気や下痢がひどかった。そしてこの時にレントゲンや血液検査を受けましたが、結果は以下のとおりです。

2020年06月02日血液検査 CEA 2.3    CA15-3 11.8

体調は抗がん剤の影響なのか、とても気分が悪かったのですが、腫瘍マーカーは前月と比べると微増といったところです。これらの検査を見た先生は「よく頑張りましたね、もうがんはなくなりましたよ」と仰いました。再発の危険性ももうほとんどないということです。
乳房を全摘するという恐怖、抗がん剤の影響で身も心もボロボロになっていた私。食事革命を主宰されている川浪代表に
「なんとかあと5年、生かしてほしい」と、お願いしたのは去年の8月末。それから化学療法と食事療法を併用して10ヶ月、苦しかった抗がん剤治療を乗り越え、副作用もごく僅かで、癌細胞は完全にいなくなりました。食事の強さと食の偉大さを身を以て体験した私は、もうがんなんて怖くない。いや、がんが再発することもなく、あと10年20年の生を受けたものと思っています。

病院からの帰り道、主人が運転する車の右手には関西空港が広がる。診察の行き来に何度も目にした光景なのに、その日の眺めはことのほか格別でした。梅雨の最中だというのに、からりと晴れた青空から降りてくるジェットが目に眩しい。夏の暑さが過ぎたらこの飛行機に乗って、静かな温泉にでも行って快気祝いをしましょうか。


ほんとうに、有り難うございました。
 

 


 

投稿:令和2年7月吉日